


ここは海航空隊予科練があったところで、兵隊相手の置屋や料亭、カフエーが集まったことが始まりだったとか。
元気な兵隊さんたちが問題を起こさぬよう、発散場所を作ったと言われてます。兵隊を何だと思っているんでしょうか。


ピーク時には娼婦が200人以上いたこともあったそうです。




昭和40年代には筑波学園研究都市、鹿島臨海工業地帯と開発で労働者が集まり、さらににぎやかな町になります。
ここが寿町化するのは何年先の話でしょうか。

現在も航空隊の跡地は陸上自衛隊土浦駐屯基地になっています。




昼から客引きの人が沢山です。

人通りは少なかったですが。。。


きらきら通りが一番お店が多いようです。


今でも店の数は多いですし、範囲もかなり広いです。


令和ですよ。

別世界、いや、一つの街のように感じます。
ここで生活は息づいている、なんというかそんな感じです。


桜川が近くを流れ、夏の日差しに干されたピンク色のタオル。


黒漆の商家が並ぶエリアがあったりと風情もきちんとあります。

これもまた昭和の景色ですね。